6月26日 黒猫が夜に溶ける


せっかくの休みだし(毎日似たようなものではあるが)何にもせずに終わるには惜しいと思って、ちょっと外にでも出るかと服を着替える。

すっかり夜だし外で飯を食うでもないし、ジャージとジーパンを合わせる攻め・・のコーデに身を包んで、胸を張って肩で風を切って玄関まで歩く。

ちょっと遠くまで歩いたら星でも見えないかな。帰りに銭湯にでも行くか。とかなんとか思いながらドアを開ける。

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曇天


せっかく夜道を歩くのだから音楽でも聴こうと思って、ライブラリを上から下まで見てみたものの、この俺のしょぼくれた人生が云々と歌うハードロックなど、高層ビルが立ち並ぶ街並みを歩くならまだしも閑静な住宅地から銭湯に向かう道のりにしては風情が重すぎる曲ばかりで、どうにも気分が出なさそうだった。

しょうがないから新しい歌でも入れるかと、apple music のサイトを漁って情緒的っぽい曲を書きそうな顔をしているアーティストを探し、かねてから話には聞いており、前髪で目の隠れためんどくさい大学生などがしきりに推してくるという印象のあった「くるり」を見つける。

そういう大学生の感性にあいそうな情景であろうと判断したわたしは、手っ取り早く名曲を聴くため、「はじめてのくるり」の再生ボタンをタップした。



はじめて、て。ビギナー向け聞きながら歩くのダッセ~。などと内心でグダグダぼやいておいた私であったが、「はじめての」と音楽サービス側が言うのならば、有名アーティストのヒット曲の中でも特にはずれのないものを選んでいただいているわけで、数分も聞けばすっかり曲が体になじみ、主人公ヅラして歩く私をさらに調子に乗せるのであった。

夜急に思い立って星を見れる場所を探して帰りに銭湯にでも行こうと計画して外に出たら思いのほか曇っていて妥協して銭湯だけ行くことになった時の夜道には、くるり

みんなも試してみてね。

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他の黒猫と見分けつくのか?


なんとも言えないポスターを横目に商店街を目指して歩くと、思いのほか人の多いのに驚く。

町も少しづつ活気を取り戻しているらしく、夜も遅く多くの店はシャッターを下ろしているのだけど、まだ空いている飲食店には次々と人が入っていき、大学近くの商店街らしい姿を見せてくれた。

駅前にたむろする大学生らしき一団に何となく懐かしさを覚え、マスクの下でやさしく微笑むのだけど、全員帽子もシャツもズボンも軒並み外に向かってヒラついていて、帽子を脱げば髪までねじれているのを見て、自分のファッションが恥ずかしくなり、これから楽しい時間が始まるであろう彼らから目をそらし、なにがとは言わないがうつれ・・・と祈るのであった。

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商店街らしさ


なんだか少しでも早くお湯につかりたい気分になった私は、券売機に1000円札を叩き込みながら、手ぶらセット(450円)のボタンを連打し、一枚出てきたところで連打をやめた。

番台のおばさんに券を渡してタオルと石鹸に交換してもらい、脱衣所から浴場を見て思いのほか混雑している様子に辟易しながら、仕方なさそうな顔をして服を脱いで、おじさんをよけお兄さんをよけてシャワーの前に座って髪と体を洗う。

横に気を使って足をぴっちり閉じながらシャンプーを泡立てていると、なんだか暗い気持ちが膨らんで、一体俺は何をしているのか考えるモードに入ってしまった。

この蒸し暑いのにわざわざ遠くまで歩いて、商店街は大学が近すぎて夜になったら元気なのが集まってきて、俺はこんな人まみれのとこ来て風呂入って帰るだけだし、そもそも家からこんな歩かないといけないところに大学があるのがおかしいというか、大学の近くに住みたいと思って引っ越したわりに結局遠くに住んでいるし、遠いせいで人も呼べないし、人が呼べないのは遠いせいだし......。

サツマイモ引っこ抜いたみたいに次から次へと現状への文句がわいてきて、鏡に映る私の眉間が次第に盛り上がり、目はどんどん細くなる。思い付きで外に出たりするからこんなことになるのだ。もう二度と銭湯になんか行かない。星も見ない。こんなことならパソコンの前で背中丸めてた方がましだ......

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京都から持ってきた?


湯につかりスチームサウナを満喫し、水をかぶって代謝を促進させ、風呂上がりにポカリを飲んで史上まれにみるほどの活力に満ち溢れ、すっかり銭湯を満喫した私は、飛び跳ねるように暖簾をくぐり、跳ね回るように帰路についた。

血流が増進し、脳に詰まった悪い血をすっかり洗い流してみると、「はじめてのくるり」も透き通るように私の体にしみこんで、歌詞の一部が心を突き刺したまま抜けなくなった。

傷口から感情を垂れ流しながら周りを見渡すと、なんてことないものまでなんだか情緒的に見えてきて、写真に収めずにはいられなくなった。

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前髪の長い大学生のフォルダにはこういう写真が2万枚ある
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でるのか?
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ホテルの名前全然わからない


こうして次から次へと、夜の世界は俺がすべて切り取ってやると言わんばかりの勢いで、シャッターを切るわ切るわの大立ち回りをしていた私であったが、途中パンツスーツの若い女性とすれ違い、自分の姿と比べてしまうと、すっかり魔法も解けて、撮影熱もキン、と冷えて、これからの人生について考え始めるのだった。

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おわり