小さいレジ袋をゴミ袋にするな
私の部屋は、ここのところずっとゴミまみれで、足の踏み場もロクにない。
床の上には、脱いだ服も、空いたペットボトルも、アマゾンの段ボールもそのままになっていて、それぞれ一つや二つではないものだから、もうどこが踏んでもいい部分なのか分からないぐらいだ。
ベッドからトイレまで行こうものなら、当然つま先立ちは必須だし、多少の跳躍力も求められる。
ときおり、いい加減片付けてしまおうか、などと思って、少しだけ掃除してみるのだけど、大抵の場合、部屋の真ん中がすっきりして終わりである。
床の面積が広がったところで、気を抜いてベタ足で歩いたりすれば、足の裏はもれなく埃まみれになるので、やっぱりつま先立ちは必須だし、多少綺麗になったところで、またすぐに元通りのゴミ屋敷になる。
もうしばらくは、このままだと思う。
もちろん、汚したいわけではなく、一つ一つを宝物だと思って捨てられないというわけでもない。
たぶん、他の人が見たときにゴミだと思うようなものは、私だってもれなく文字通りゴミだと思っているし、現状を正当化するつもりもない。
他の人から見たら私もゴミみたいなものだろうし、私から見ても私はゴミだ。
この部屋が最初から汚かったわけではない。汚したのは私である。
汚したくないのに汚してしまうのには、私自身も戸惑いを隠せないのだけど、その理由については、いくつか有力な仮説がある。
始まりは、ほんの些細な綻びである。
ふとしたきっかけに部屋が少し散らかると、そこからはもう、認識できないほどじわじわと、汚染が進行していく。
コンビニで買ったものを、レジ袋から出してそのまま食べて、ゴミはそのレジ袋に入れて、まだ別のゴミが入るから、口は縛らないで部屋の隅に置く。
次の日、コンビニで買ったものをレジ袋から出してそのまま食べて、ゴミはそのレジ袋に入れて、まだ別のゴミが入るから、口は縛らないで部屋の隅に置く。
こうなったらもう終わりである。
部屋の中に「汚してもいい場所」ができる。
終わりの始まりである。
小さなごみ袋が一つなら、つまみあげて集積所に投げ入れて終わりだ。
しかし、二つならどうか。
もう少しため込んで、まとめて捨てたくなるのが人の心なのだ。(私の持っている心が、人の心であるとする場合)
もう少したまったら捨てるから、とりあえずここにまとめておこう、という呪い。
そうして、永遠に訪れない未来の掃除を担保にして、気づいた時には腐海の底である。
実家暮らしをしていたときは、家族の目なんて鬱陶しいぐらいで、すぐにでも一人になりたいと思っていたのだけど、実際に一人になってみると、人の視線がなくなったときの、自分のあまりのガサツさにドン引きするのだった。
ひとり暮らしは気楽だけど、その長所を打ち消すほどのだらしなさが、私にはあった。
私には監視が必要なのだ。
しかし、上記のとおり、この部屋は人を招けるような環境ではなかった。
私は完全に詰んでいるのだった。
服を脱ぎながらつま先立ちで風呂場に歩く。
シャワーを浴びたら、まだ汚れていないタオルを探して拾い上げ、全身の水気を切る。
洗濯ばさみでぶら下げていた下着をそのままむしり取って着る。
最近洗濯したパーカーとジーンズを、服の山から探し出して引っ張り出す。
財布は机の下にあった。部屋の鍵は本棚の中にあった。携帯はSiriって言ったら向こうから場所を教えてくれるから便利だ。
つま先立ちで玄関まで歩き、靴下と靴を履く。
自転車のカギは返事をしないので、多少の距離なら徒歩で行く。
見つけやすい大きなリュックに財布と部屋の鍵だけ放り込んで、目立つ色のイヤホンで音楽を聴きながら目的地へ歩く。
大学でもバイト先でも、どこに行くにも同じだった。
その日は打ち上げの飲み会があったのだが、そのルーティーンは崩れなかった。
私は地図アプリをぐるぐる回しながら、予定より早めに居酒屋へと向かった。
お酒はそれほど好きではないが、飲み会は嫌いではなかった。
できるだけニコニコしながら、時々相槌を打って、折を見て休学中の苦労話だとか、一人暮らしの自虐なんかを披露して、何となく反応をもらったりする。
切れ味鋭いトークをするわけでも、体を張った一発芸で沸かせるわけでもなく、そういうのが求められているわけでもない。
あくまで、みんな少しずつ酔っていって、だんだんぐずぐずになっていく、その場の空気を楽しむのだ。
そうしてなんだかんだ盛り上がっているうちに、いつのまにか飲み放題の時間が終わる。
ラストオーダーではなにか適当なデザートでも頼んで食べて、追い出されるように店を出る。
すると、誰かが変な酔い方をして、まだ帰りたくないとか、どっかで飲みなおそうとか言い出すのである。
もう店開いてないよとか、飲みすぎだよとか言って、無理やり帰らせることもあるけど、特に仲のいい集まりだと、みんな少しずつ乗り気になって、最寄りの誰かの部屋に上がりこむ流れになることもある。
私は、みんなより少し遠くに住んでいる、ということを強調した。
そうして、足の踏み場のある、明らかに一人用の数ではないコップとかお皿とかがきれいに片づけてある、アロマのつぼに棒が突っ込んであるような家にお邪魔することになる。
買い込んだおつまみだとか総菜だとかをひろげて、酒を飲む。
就職がどうだとか、彼氏彼女がどうだとか、この酒がうまいとか、旅行の資金がどうとか、とりとめのない話を繰り返す。
トランプだの花札だの、ニンテンドースイッチだのをぎゃあぎゃあ騒ぎながら遊ぶ。
夜は更けていく。
泊まる人もいる。近くに住んでいる人もいる。
私はみんなより少し遠くに住んでいることを強調していたので、一足先に、目立つ色のイヤホンとともに、一人で帰り道を歩くことになった。
イヤホンの充電が切れて、夜の静けさに投げ出される。
飲み会の喧騒がまだ耳に残っていた。みんな笑っていた。私も少し笑わせた。
反応の良かった冗談を、頭の中で繰り返しながら歩く。
もう少しうまく言えたような気がする。もっといい話を思いつく。
誰かに聞いてほしくて携帯にメモをする。
文字にした途端つまらなくなって消す。
帰りは行きより時間がかかる。実際の距離がどうなのかは知らない。
ドアの前に立つ。鍵を開けて中に入る。
靴を脱ぐ。つま先立ちで歩く。
大きさのわりに軽いリュックを投げるようにおろす。金具の音がした。
ベッドに倒れこんで部屋の隅を見つめると、レジ袋が山を作っていた。
いくつか口の開いた袋もあった。
枕もとのチラシを丸めて投げる。
少し手前に落ちた。今度はそのゴミを見つめた。
ゴミで溢れた部屋のせいか、丸めたチラシがあまり目立たないなと思った。
ちょっと目を離したら、今散らかしたのはどこだったかなんて、分からなくなるのではないか。
私はしばらく考えて、
「目が覚めたら片付けるか。」
とつぶやくと、ゆっくりと目を閉じるのだった。